父の日に何か送った覚えが無い。
父が末期ガンとわかっていた昨年ですら。

なんとなく、父はまだまだ生きると思っていた。
今まで送っていなかったのに、ガンになってから送ることに
どこか抵抗感があった。
「死が見えてきたから送るのか?」と迷っているうちに、
送るタイミングを逸した。

しかし、昨年末に父はあっさりと死んでしまった。

先月、「輪るピングドラム」を全話見たのだが、
僕が最も印象に残ったシーンが9話のエピソードだ。
陽毬が『中央図書館そらの孔分室』に迷い込み、
司書の眞悧に過去の記憶を呼び覚まされるシーン。

陽毬は友人の光莉、ヒバリとアイドルのオーディションに応募する為、
お揃いのリボンをつける予定だった。
陽毬は母にリボンの購入を頼んでいたが、リボンが売り切れていた為、
母はそのリボンを購入できなかった。
母は、代わりに違うリボンを買って陽毬に渡した。

陽毬は母を責めた。
「こんなの要らない。光莉ちゃんとヒバリちゃんとお揃いじゃなきゃ意味がないもん」
「明日じゃダメなの。間に合わない。約束したのに。みんなとお揃いのリボン、
ちゃんと買ってくれるって。お母さんの嘘つき!」
そのやりとりの際に鏡が倒れ、結果として母は生涯顔に残る怪我を負った。
しかし、母は陽毬を責めることはまったくなく、むしろ陽毬を気遣った。

このエピソードを見て、思い出さざるをえなかった記憶があった。

僕が小学生の時、誕生日に父がマンガを買ってきてくれたことがあった。
「エリア88」というマンガの単行本だった。
父としては、僕が喜ぶものなんてわからなかっただろう。
父なりに、その年頃の男の子が喜びそうなマンガを
誰かに聞くか本屋で四苦八苦してチョイスしたのだと思う。

しかし、その時の僕は父がエリア88を買ってきたことに
我慢ができなかった。
「なんで欲しくも無いエリア88をプレゼントにしたのか」と。
陽毬と同じように「こんなの要らない」と責めた。
エリア88が嫌いなわけではないのだから素直に貰えば良かったのだが、
「要らない」「なんで」と言っているうちになにか悲しくなって泣いた。
これには父も困ったと思う。

30年近く昔の話だが、当時の自分の心理を今でもなんとなく覚えている。
父が僕の為を思って買ってきてくれたことはわかっていた。
善意に基づくその行為が結果として裏目に出たことについて、
そのどうにもできないところが、行き場の無さが、無性に悲しかった。

陽毬は「ごめんなさい」と母に謝った。
でも、僕は謝らなかったし、最後までプレゼントを受け取らなかった。
父は、そんな反応を受けてきっと辛かったと思う。

僕は謝るべきだった。
いつでも謝ることができた。

10年後でも、20年後でも良かった。
僕の中の『中央図書館空の孔分室』にこの記憶は確かに有り、
折に触れて浮かび上がっていた。 
その時に「そういえばお父さん、あの時はごめんね」と言えば良かった。
でも、最後まで僕はその一言を言えないままだった。

父はこの件を覚えていただろうか。
今ではそれを確かめることもできない。



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